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突然,子供が吐いたら…
ささやかながらも教室の中の「危機管理」山中雅史(仮名・小学校教師)
2000年2月22日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載
「先生、K君が吐いたよ」 だれかが叫んだ。
給食中、K君はたくさん食べ過ぎてしまったのか、戻してしまったのだ。
手洗い場に行く暇もなかったのであろう、自分の席であった。
K君は、K君なりに必死だったに違いない。
吐いてしまったものを両手に受けていた。
それでも半分ぐらい落ちて床が汚れてしまった。
私は、すぐにK君を手洗い場に行かせた。
その背中越しに次の言葉が聞こえてきた。
「あーッ、K君が吐いたぞ!」
だれかが冷やかし半分で言ったのだった。
私は、すかさず次のようにたしなめた。
「あなただって吐いたことがあるでしょう。体の調子の悪いときは、戻すことだってあるのです。先生だって、これまで何百回と吐いてきたのです」
*
小学校では子どもが教室で嘔吐(おうと)するというのは格別珍しいことではない。
床に嘔吐物が広がったとき,どうするのか?
濡れ雑巾で拭(ふ)き取るのがいいのか。
新聞紙を使うのか。
それともティッシュの方がいいのか。
始末は早いほうがいい。
教室は騒然としている。
周りの子への対応はどうするのか。
そして何よりも、体調が悪く心細い思いをしている本人への配慮は…。
■「イザ」に備えて■
少々大袈裟(おおげさ)にいうと、これは担任にとって、教室の中のほんのささやかな「危機管理」だ。
私は、かねてから用意してあった砂場の砂が入っている缶をテレビの台の下から取り出した。
缶の中に砂が入っているのを見て、子供もたちは、やや驚く。
砂をどうするのか、子どもたちは、不思議そうに見ている。
「これは魔法の砂だよ」
と言って、私は、パラパラと汚物の上に振りかけた。
子供たちは、さらに驚く。
私のまわりに人垣ができた。ぐっと身を乗り出して見ている子もいる。
この光景は、ちょっと不思議である。
給食中、吐いたものが近くにあると正視できず、顔をゆがめたり、キャーと言って後ずさりする方が多いからである。
そして、野次馬が出て、教室が大騒ぎとなるからである。
*
ほどなく汚物は砂で見えなくなった。
子供たちは、砂のかかった汚物と私の顔を交互に見ている。
私は、これをほうきで、サーッと掃きとった。
「うわー、きれい!」
一年生の言葉である。
汚物を片付けて,こんな風に言われたのは初めてであった。
「セメントみたいだね」
と表現した子もいた。
砂を汚物にかけると,水分を吸収して固まるのである。
さらに悪臭もシャットアウトされるのである。
私は、掃きとったものをチリトリに入れ、外へ捨ててしまった。
■知恵とドラマと■
学校教育の現場には、このようなささやかだけれども確かな知恵がたくさんある。
そこに子供たちのドラマが生まれる。
数ヶ月後、また給食のとき、教室で吐いてしまった子がいた。
今度は、チリトリやほうきを持ってきてくれる子がいた。
「砂をまきたい」という子もいた。
また、足りなくなった砂を缶に補充しようとする子もいた。
空いた缶を手に持って,運動場の片隅の砂場まで駆けていく二人の子供たちの姿が,何とも言えずかわいらしかった。